破滅に向かって~書店員日記~

アラフォー独身書店員のブログです。 よろしくお願いいたします。

2023年02月

そんな感じで、入社して1ヶ月あたりは松下さんとコミック売場で作業をすることが多かった。

毎日届く山のような新刊や注文品にひたすらシュリンクをかけ、品だしをしているとそれだけで1日の大半は終わってしまう。中途半端に残したまま『お先でした~』などと帰ることなど出来るわけもなく、閉店まで残ることもざらにあった。

もちろんサービス残業である。当時はそのあたりが今よりずっと緩かった。

困ったのは松下さんのサボり癖だ。こちらが必死こいて品だしの山を片付けている間も、隙を見てはレジのバイトの女の子にちょっかいをかけに行ってしまうのだ。そんな時の松下さんは、自分と話す時の仏頂面が嘘のようにデレデレしていた。

恨めしそうな顔をしていたのがバレたのだろうか、先輩女性社員『フクモトさん』がふいに近づいて言った。

『困ったもんだよねー松下さん。破滅クンだけに押し付けて。』

『あー、いえいえ…』

『あの人いつもああなんだよ。可愛いアルバイトが入ってくるとすぐベタベタしちゃって。で、すぐ自分の物にしちゃうの。』

『へぇー…そうなんですか』

なんとなくフクモトさんが面白くなさそうに見えたのは気のせいだろうか?どう返事すればいいのか分からず、俺はただ曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。もう一度レジのほうを見ると、松下さんは何がおかしいのかバイトの子が言うことに手を叩いて笑っている。

『仕事しろっつーの、あのバカ』

フクモトさんがボソリと吐き捨てた。

後で分かったことだが、松下さんはこの時話していたアルバイトを1ヶ月も経たないうちに『自分の物』にしていた。

そして、フクモトさんは松下さんの数年来のセフレだった。

(ちなみにフクモトさんはこのシリーズの①②に出てた人と同一人物である)

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仕事終わり。


長すぎる帰りの電車の待ち時間にうんざりしながらブログを書いている。

うんざりしている理由はそれだけではない。相変わらずのアクセス数の少なさにもほとほと呆れている。全く、一体あと何回更新をすれば神メンバーに入れるのか?あと何回涙を飲めば俺は報われるのか?

もはやそんな時は永遠に訪れないような気がしている。

ただでさえ過疎ブログなのに加え、1日でもサボるとほとんどアクセスが無くなってしまう雑魚っぷり。これが痛すぎる。もちろんランキングは坂道を転げ落ちるように低下し、20位以内ですらいまだに遠い。一方で、数日更新がないのにも関わらずあまり順位が下がらない人もいる。完全にやっかみであるのは自覚しているのだが、めちゃくちゃに腹が立つ。

一体何が違うというのか?ご本人の住まいまで押し掛けて直接聞きたいくらいだ。

『夜分すいません、破滅です!ご存知ですよね、独身カテ30位くらいをウロウロしてる破滅です!!なぜ更新ないのに順位下がらないんですかっ?!いるんですよね?開けてください!!』

ドンドンドンドンドン!!!!

警察を呼ばれるのがオチだ、やめておこう。まあ、あの人たちの住まいなんて知っているわけもないのだが。

気が狂いそうな劣情を抱えながら、そりゃこうなるよなと納得している自分もいたりする。

誰が独身中年男の地味な日記好んで読むかよ。そんなゴミみたいなもんより業務スーパーのお得な商品とか、旅行記や美味しい店の情報が読みたいに決まっている。そのほうが自分の生活に100倍役立つから。あ、次はこれ買おうかな♪美味しそうな店、素敵~♪ってなるから。さえないおっさんのマッチングアプリ?飲みに行った話?アホどうでもいいっつーの。

自覚はしている。

ならば俺もそれらにならうしかないのだろうか?ブログもフルモデルチェンジして、『破滅,s-funny life』、『破滅のままで』みたいにブログ名も変えてしまおうか?(パクっとるやんけ)

いや、たとえそれをしたとしても彼らには近づけないだろう。誰かの猿真似で神メンバーに入ったとして嬉しいか?

自分は自分でしかない。結局は地道に更新していくしかないんだよ。

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翌日、昼前に出勤しコミック売場の松下さんに声をかけた。

『あの、今日からよろしくお願いします…』

『おう』
相変わらず仏頂面のままだ。

『最初に言うとくけどな』

『はい』

『俺、マンガとか普段ほんま読まへんのよ。担当とか言うけど実際は前やってた奴が急にやめて代わりが俺しかおらんかっただけやねん。だから教えられることとかほんまあらへんから。』

『はあ…』

松下さんによると、長年コミックを担当していたパート従業員が精神を病んで先月突然退職してしまったという。この職場は大丈夫なんだろうか?ますます不安が募ってきた。

『とりあえずお前がやるのは…』
松下さんは複数の段ボールにぎっしり入った大量のコミックを指差して言った。

『これを全部シュリンクがけして、棚に詰めこむことや。もちろん今日中にな。』

※シュリンクとはコミックを専用の機械でビニールがけすること。

『全部ですか…。』

当時は売上も好調で、毎日今と比べ物にならないくらい大量の入荷があった。乱雑に積まれた段ボールを見ながら気が遠くなってくる。これだけの量を今日中に?松下さんと手分けして行っても出来る気がしない。

何より、自分もマンガをほとんど読まない。棚の場所を覚えるのも相当な時間がかかるだろう。その上旅行雑誌の時と同様、棚はほとんど隙間もなくピッチリ詰まっている。

『あの、これシュリンクしたとしてどうやって棚に納めていくんですかね?隙間もあまりなさそうなんですけど…』

『そんなもん売れてないのを引けばええやろ』

『その売れてないのが何かも分からないんですけど…』

『なんやねん、そこからかい』うんざりした顔で松下さんは言った。

『お前もマンガ読まへんの?はあー、ほんまなんやねん。フクモト(女性社員)のやつ、コミックなんかやらせんで他の分野に回したらええのに』

そりゃ僕もそのほうがいいですよ、と思っていると『とりあえずこれだけ教えとくわ』と松下さんが続けた。

『連載終わってるやつはだんだん売れ行き落ちていくねん。そうなったら思いきって全部がっさり抜いてええから。』

『連載終わってるって、どこを見たら分かるんですか?』

『説明するより見た方が早いわ。そこの棚から適当なタイトルの一番新しい巻とってみい』

『はい』

俺は目の前の棚から知らないマンガの17巻を抜き取った。

『どんな表紙や?』

『なんか…主人公とライバルが睨み合ってるような感じです』

『あー、それはちゃうな。物語佳境はいってるわ。別のやつとって』

『はい』

言われるがまま、別のマンガの36巻を抜き取ってみる。

『それはどうや?』

『はい、色んなキャラクターが集まって笑顔でこっちに手を振っています』

『それや!それが最終巻や。だいたい最後は今までのキャラクター集まって手を振りよるねん。ようおぼえとけや』

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『ありがとうございます!!』

今思うと、それはマンガを読む人にとってはごく当たり前の『あるある』である。しかし何も知らなかった当時の自分は、松下さんのアドバイスに素直に感動してしまったのだった。

松下さんのぶっきらぼうな態度はその後も変わらなかったが、一緒に働くにつれて少しずつ打ち解けていった。

つづく








その①

新入社員となり最初に配属された店では何人もの先輩社員と出会った。

色々な人がいたが、『松下さん(仮名)』という男性社員のことは特に印象に残っている。

当時松下さんは主にコミック売場を担当していた。初めて会った日、松下さんは山積みになったコミックに無表情でシュリンクをかけ続けていた。身長は180は軽く超えているだろうか。ガタイもよく、その姿からは近寄りがたい空気をビシビシと感じた。

教育係として付き添ってくれている女性社員に促されおずおずと挨拶をする。

『新しく入った破滅と申します、よろしくお願いいたします!』

松下さんはこちらをチラリと見て、無愛想に『おう』と言った後、またすぐに手元に視線を戻してしまった。次の言葉を待ったが、シュリンカーが作動する音だけが響いていた。どうやら会話はこれで終わってしまったようだ。

『もーう、ちゃんと挨拶してあげてくださいよー』女性社員『フクモトさん』が呆れたように言った。

なんか怖そうな人だなあ…新たな環境で高まっていたテンションは一気に萎んでしまった。追い討ちをかけるように女性社員が言う。

『じゃあ、破滅クンは明日からしばらく松下さんについてね。コミックのこと色々教えてもらって!』

『は、はい…』

俺は内心頭を抱えた。松下さんはまるで会話が聞こえていないかのように、表情一つ変えずシュリンクをかけ続けている。















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2月22日(水)

仕事終わりに昔のバイト先の先輩『キングさん』(仮名)と飲みに行った。

待ち合わせの駅に着くと凄まじい人の数だった。祝日前で皆遊びに来ているのだろうか、若者が特に多い。それに加えて外国人観光客が明らかに以前より増えている。喧騒は遥か駅の天井にまで届きそうに感じられた。

キングさんも人の多さに驚いている様子だった。この調子だと飲み屋も混んでるに違いない。あらかじめ予約をしておかなかったことを心底後悔した。

案の定目星をつけていた店はどこも既に予約で埋まっているようで、入った瞬間にけんもほろろに断られてしまった。さんざん歩いた挙句結局は駅前の笑笑で妥協したのだが、そこも唯一空いている席に運良く滑りこんだ形となった。

※それにしても、なぜ予約で埋まっているのならそれを外に貼り出すなりしないのだろうか?ひょっとすると例外があるのかもしれない。

『まったく凄まじいな。』脱いだコートをハンガーにかけながらキングさんが言う。

『まあ、空いてて良かったですね。』

キングさんと会うのも随分久しぶりだった。前回がいつだったのかも思い出せないくらいに。

キングさんは現在某外資系CDショップで働いている。以前勤めていた店舗は音楽好きなら知らない人がいないくらいの有名店だった。自分も学生時代からそこで何枚のCDを買っただろう。大量の試聴機と店員の熱い気持ちがこもった手書きポップ…あの頃は活気に満ち溢れ、店内を歩くだけでも楽しかった。

いい時代だった、と思う。

しかし時代の流れには勝てなかった。CDの売上は激減し、一年前キングさんの勤務店もとうとう閉店してしまった。それからは地方の小さな店に異動になったのだが、もう気持ちは完全に切れてしまったらしい。

『転職活動進んでるんですか?』

前回会った時、CD販売に見切りをつけ転職を考えていることを伝えられていた。もはや売れるものといえば『握手券』などがついたアイドルやKポップばかり。働いていても全くやりがいを感じられなくなってしまったそうだ。

『おう、ようやく来週面接だわ』

キングさんには明確に目指している分野があるという。そのためにこの一年は勉強を続けていたらしい。

『まあしゃあないよ、時代が変わっただけのことだろう。嘆いてるだけではなにも変わらないからな。』

40代後半にさしかかって新たな道に踏み出そうとしているキングさんは凄いなと思った。

さて、俺はこれからどうしていくべきなんだろうか。
書店業界もこれからますます縮小していくのは目に見えている。しかし自分に何ができる?

考えても全く答えは出てこない。笑笑の料理はどれも味が濃く、のどが渇いて仕方がなかった。

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