破滅に向かって~書店員日記~

アラフォー独身書店員のブログです。 よろしくお願いいたします。

2025年03月

3月29日(土)

連勤を繰り返しているうちにいつの間にか3月も終わりにさしかかっていた。

何があっただろう。ブログに書きたいことも多少はあったような気もするけれど、結局は疲れて文字にするまでには至らなかった。気力があればまた書こうか。まあ、書いたところで誰が読むわけでもないのだが。

来月に入ればすぐに系列店のリニューアル応援がある。数日間連続で早朝から行かなければならないため、今から行くのが嫌で仕方がない。

今回のリニューアルを仕切るのは、このブログにもよく登場する通称『誘い笑いのマサ』である。人使いの荒いマサのことだ、今回も朝から晩までさんざんこき使われるのだろう。考えただけで反吐が出そうになる。

さっさと終わってくれ、何もかも。

他に書くことも特に思いつかない。終わり。

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『さぁ、続いてはロースといきますかぁッ!!』

ノリノリでトングを手に取るホサカに俺は言った。

『その前に…ちょっといいか?』

『…え、どうかした?』

気勢を削がれた様子のホサカが呆けた顔でこちらを見る。どうしたじゃねえだろうが…思わず殴りつけたくなる衝動を抑えながら俺は言葉を絞り出した。そう、いくらキレても暴力などもってのほかだ。あくまで紳士的に、この男たちに自分の考えを伝えなければならない。

『素数って、戦争の起こる数字だと思わないか?』

『へ…?』
『何の話よ?』

二人ともキョトンとした顔でこちらを見ている。もちろんこんな言い方で彼らに通じるわけがない。俺は言葉を重ねた。

『いや、さっきからどの肉も5枚でさ、早いもの勝ちみたいになってると思うのよ。やっぱりそういうのってフェアじゃないと思うし、せっかくの美味い肉もゆっくり味わえないよな?だからさ…』

俺はテーブルに備え付けられていたキッチンばさみを手に取った。

『こんな便利なものがあるんだから、使わない手はないだろうよ』

そう言って、5枚あるロースのうちの2枚にハサミを入れる。それぞれを3等分にカットし、合計6つの『プチロース』が出来上がった。

『どうだ?これで3人とも公平に食べることが出来るだろ?ロース1枚とプチロース2切れ』

『おお…』
『うんまあ…いいんじゃないか』

ケチ臭いとでも思ったのだろうか、二人は微妙な表情で俺を見ていた。

『あとな、せっかくの美味しいお肉なんだからゆっくり楽しもうよ。焦らなくていいんだよ、時間はまだまだあるんだし。自分の肉は自分のペースで焼けばいいんじゃないか?5枚一気に焼くとかちょっと味気ないじゃないか』

『わかったわかった。なんか悪かったな』

『いや、こちらこそ細かいこと言ってすまん』

わだかまりを全て伝えて、ようやく溜飲を下げることが出来た。きっとホサカ達には心の狭い人間だと思われたことだろう。けれど、モヤモヤを抱えたまま食事を終えることは俺には出来なかった。

“そう、これでいいんだ”

そこからはハラミ、ホルモン、ラストの海鮮チヂミに至るまで全てハサミで偏執狂的に切り分けて食べ進めたのだった。

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『皆も誰かと焼肉に行くときは揉めないように気をつけるんやデェェ!!!』


終わり





そうこうしているうちに店員が新たな皿を運んできた。

『はい、こちらがカルビで、こちらがロースでーす』

本コースのメインとも言える2種がなんと同時に姿を現した。タレの絡んだ肉たちは照明の光を受けてツヤツヤに輝いている。サシの入ったその完璧なフォルムに思わず喉を鳴らした。気になる枚数は‥両者ともやはり5枚。

“なんだよ…”

舌打ちが出そうになる。なぜどれもこれも5枚なのか。“2〜3人前”とメニューには書かれていたが、たとえどちらの人数だとしても均等に分けられないじゃないか。まあ店の事情が色々とあるのだろうけど。

考えても仕方がないな、そう思い俺はトングを掴んだ。
今はただ肉を焼こう。そして、次こそは2枚目も食べてやる。

決意を新たに皿へ手を伸ばしかけたところで、またしてもあの男の醜悪な声が聞こえた。

『イヤぁ、めちゃくちゃうんまそぉじゃねえかぁ!どんどん焼こうぜぇ!!』

そう言うやいなや、ホサカはもう1本のトングで5枚のカルビ全てを掴むと、乱雑に網へと放り出した。

『おい、ちょっと!』

思わずたしなめたが、その声は肉の焼ける音にかき消されてしまった。

『いやぁぁ〜いいにおいするよなぁオイ!!』

ホサカは悪びれる様子もなく笑っている。全く、今日のこいつは一体どうしてしまったのだろう?明らかにいつもより粗雑で周囲への配慮も欠けている。今夜のために昼飯を抜いてきたとか言っていたが、そのおかげでちょっとしたハイになってしまっているのかもしれない。名付けて“焼肉ハイ”。なんだその言葉、馬鹿すぎるだろ。

片面が焼けてきた頃、案の定焼肉ハイ男がこちらの肉までひっくり返そうとしてきたので手で制した。

『いいからいいから。自分のは自分でやるから』

これ以上ヤツの好きなようにさせるわけにはいかない。ほっといたら自分の肉まで取られそうな気がしたので、あえて早めに確保しタレをくぐらせる。火傷をしないよう気をつけながら一口。





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“うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!”



余りの美味さに気がつけば小田和正ばりにのけぞっていた。何なんですかこのカルビは!?こんな柔らかいカルビ知らねえよ俺は!!マジで溶けそうなくらいの柔らかさ。いややっぱりこの店は最高!!!底しれぬポテンシャルに恐ろしくなるわ!!!

感動の余韻がまだ残っているうちに白米を一気にかき込む。これもまた最っ高に美味い!!あぁ〜、ご飯大サイズ頼んでおいて大正解だった!!この1枚だけで軽く2合は行けるぞ、わりとマジで。あぁ、このタレがちょっとだけかかったご飯もまた良いんだよなぁ…。これは絶対2枚目いくしかない!

ところが、網に残っていたはずのカルビは既に姿を消してしまっていた。

『あ・・・』

目の前には2枚目のカルビを頬張る男達の姿があった。どうやら俺がさんざん陶酔しているうちにあっさり食べられてしまっていたらしい。

『こーれは美味いわ!ヤバいっ!!』
『ゆんまっっ!!ゆんまぁっっっ!!!』

はしゃぎたてる二人を見て、さすがに俺はキレた。




 














5枚のタン塩は網の上でみるみるうちに色を変えていった。手前に置かれた肉を眺めながら、どのタイミングで裏返そうか思案する。そんなちょっとした瞬間も焼肉の楽しさだろう。

よしちょうど今だ!そう思い身を乗り出すと、ほぼ同じタイミングでホサカが手を伸ばしてきた。あっという間にトングで5枚の肉全てを裏返していく。

『結構すぐ焼けるな、これ。気をつけとかないと焦げるぞぉ〜』

『・・・』

そんなこと言われなくても分かっている。何をしゃしゃり出てきているのかこの男は。久々の焼肉だからか知らんがはりきりやがって。そもそもさっきから肉を一度に全部焼いたり、他の人間の分まで裏返したり、焼肉奉行にでもなったつもりなんだろうか、この馬鹿は。

俺は今回のホサカのような男が一番嫌いだった。焼肉はあくまで自分のペースで楽しむものなのだ。自分で自分の肉を焼いて、ちょうど良い加減になったところで皿に載せて食べて。また新たな肉を焼いて。

そうやって美味しい肉をゆっくり味わうことこそが焼肉の醍醐味ではないのか。頼んでもいないのに他人の肉まで取り仕切るなど無粋にもほどがあるだろう。

内心で散々悪態をついているうちに肉は焼けたようだった。ぼやっとしているとまたアホのホサカがいちいちこちらの分まで取り分けてきそうな気がしたので、すばやく目の前の肉を皿に確保する。レモン汁を軽くつけて一気に口に入れた。

“美味い・・・!!”

厚みのあるタン塩は歯ごたえがあって最高に美味しい。やっぱりこの店は間違いないなと改めて思う。何度も何度も噛み締めて味わった後で、名残惜しさとともにようやく飲み込んだ。

『いやァー、改めてここはほんとに美味いよな・・』

そう笑いかけたところで俺は言葉を失った。網の上は既に空だ。こちらがさんざん咀嚼している間に、二人は2枚目のタン塩を平然と食べているのだった。

『おー美味いよ』
『うん、確かにおすすめしただけはあるわー』

クチャクチャと不快な音を立てながらホサカ達が言う。

そうか、こいつらは肉の枚数とか細かいことは気にしないタイプなのね。落胆したがまあ仕方ない。ぼやっとしている俺が悪いのだ。まあこんなことは他人と焼肉に行けばよくあること、切り替えて次の肉を楽しもう‥。ビールを一口入れて俺は気持ちを落ち着けた。

『そうか、喜んでもらえて嬉しいよ!立て続けに食べてしまうくらい美味かったろ?』

皮肉を込めたつもりだったが、もちろん鈍感な彼らがそれに気付く様子は無い。


つづく(いつまでやるん‥)

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そして当日。

駅前で2人と落ち合い予約時間きっかりに店に到着した。前回は気が付かなかったが、レジの背後には数々の有名バンドやタレント達の色紙が貼られている。どうやら思っていた以上に有名店のようだ。18時を少し回ったところだが、席は既に8割近くが埋まっていた。

3人でメニューをざっと見て、前回キングさんと来た時と同じ『おすすめコース』を注文することにした。“2〜3人前”とあるがそれだけで足りなければ後から追加すればいいだろう。

コースの内訳は以下の通り。

・キムチ盛り合わせ
・タン塩
・ロース
・カルビ
・ハラミ
・ホルモン
・海鮮チヂミ

正にオールスターといったラインナップである。そこに加えてドリンク、ライス、焼き野菜も追加した。

注文も一段落し、しばらくとりとめのない話に終始する。焼肉は実はこの時間が一番楽しいのかもしれない。美味しい肉が来るまでの、束の間のワクワクする時間。ホサカは『オレ今日はこのために昼飯抜いてきたんだよ』と顔をほころばせた。それを見て、気合入ってるなぁ〜とモリオと二人で笑う。

なんだ、やっぱり3人で正解だったじゃないか。色々思うところはあったけれど、仲の良い奴らと美味いものを食べて笑う、これほどの幸せなどそうそうないだろう。煩わしいいくつかの現実は今は置いておこう。そうだ、それでいい…。

そうこうしているうちにキムチと最初の肉『タン塩』が運ばれてきた。厚みのあるタンと隙間なくぎっしり乗せられたネギが嫌が応にも食欲をそそる。

『おぉ、うんまそうだなァ〜!』

大げさに喜んでみせる一方で、肉の枚数を素早く確認することも忘れなかった。銀皿の上のタン塩は、5枚。

“5枚か…”

なんとも微妙な枚数だった。今日のメンバーは3人。となると、当然誰か1人が1枚しか食べられないことになる。

“どうする?素知らぬ顔をしながら2枚行くか、それともあえてここは引き下がるか…”

『おぉーし、早速焼こうぜ!!』

そんな葛藤を知ってか知らずか、ホサカはトングを掴むと豪快に5枚全てを網の上に乗せた。ジュワッと油の焼けるいい音がする。俺にはそれが戦いを告げるゴングに聞こえた。

つづく

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