3月が終わった。

今年は二人の学生アルバイトが卒業と同時に退職していった。両者とも入学当初から卒業までしっかり勤務してくれた。最終日はしっかり今までのお礼を伝え、従業員一同で用意したプレゼントを受け取ってもらった。

きっとこれから社会人となって様々な経験を積み成長していくのだろう。二人とも就職への不安を口々に言っていたが、新しい世界が広がっていく感じが素直に羨ましかった。

夢とか希望とか、そんな言葉とっくの昔にどこかへ置き忘れたおっさんにとっては彼女たちが別の世界の人間に思える。

今回卒業した二人のうち一人は当初から体臭がきつく、夏場など一緒にシフトに入る日は悩まされたものだった。レジ内ですれ違う時などは意識が一瞬飛びそうになったことも一度や二度ではない。『クサッ』どころではなく、『はぁぶさぁぁぁあッッッッ!!!』くらいのシロモノだったのだ。

確か同じようなことを2年くらい前にこのブログにも書いた気がする。その直後にコロナ禍によりマスク着用必須になり、多少ダメージは軽減されたのだった。

レジ内で意識が飛ぶことはそれ以来無くなった。他スタッフのレジでの金銭ミスがそのあたりから格段に減ったのは偶然だろうか?ともあれ、この忌々しいコロナ禍において唯一良かったことかもしれない。

そんなバイト女子の勤務最終日、バックルームのハンガーに掛けられた彼女のダウンコートを休憩中に眺めていた。くたびれてところどころ色落ちしているダークグレーのものだ。ファッションに興味が無いのか、冬場になると彼女は毎年これを着ていた。もちろんこのダウンコートからもすえた匂いが常に漂っており、シフトが被る時は必ず他の場所に自分のコートを掛けるようにしていた。なぜなら一瞬でも触れると匂いが移ってしまうから。

今、目の前にそのコートがある。このダウンコートとも、体臭はぁぶさぁぁぁぁあ!なバイト女子ともお別れか。そう思うとなんとなく寂しくなってきた。あの頭がクラクラするような汗とホコリが混じったような匂い、あれに出くわすこともないのか。

ならば今この瞬間、記憶に焼き付けようじゃないか。

色褪せたダウンコートの前でマスクをそっと外した。そして目をつむり、大きく息を吸い込む。

2年ぶりに鼻腔に染み渡るあの匂い。『はぁぶさぁぁぁぁあッッッッッ!!!』

ゆっくりと意識は遠のいていった。