8月19日(月)
品出しが一段落し、今週の書評掲載商品を注文しようと新聞を開くと懐かしい名前を見つけた。
『篠宮さん(仮名)、相変わらず頑張ってんだなあ…』
思わずひとりごとがこぼれる。それは20年近く前同じ店で働いていた元上司の名前だった。自分より7つほど年上で、某有名国立大学を卒業したのち書店員になったという、少々変わったキャリアの持ち主だった。一緒に働いていた期間は半年と短かったが、なぜか気に入られてよく飲みに連れていってもらったものだ。2人ともまだ若く、ひたすら恋愛話やバカ話に花を咲かせていたことをよく覚えている。
篠宮さんはしばらくして地方の店舗に異動したが、色々あったようで間もなく書店員を辞めてしまった。そこから得意だった英語を活かすために翻訳の学校に通い始めたらしい。
『俺、ゆくゆくは翻訳者になりたいと思ってるんだよね…まあ狭き門なんでどうなるかわかんないけどさ』
最後に会った時、篠宮さんはポツリとそんなことを言っていた。もう10年も前の話だ。
そこから数年で翻訳者として書籍に名前を表記されるようになり、今では書評に掲載されるようなお堅い人文書の翻訳までしているのである。具体的なことは分からないが、これは凄いことなのではないか。今回の掲載書籍に至っては誰もが知る大手版元から出版されたものであり、篠宮さんは順調に翻訳家としてのキャリアを積んでいるらしかった。
なぜ『らしい』といった書き方しか出来ないかというと、もう俺は篠宮さんと連絡を取ることがないからだ。
最後に会ったのは10年前。そこからは『○○という本の翻訳をしました』などの報告が向こうからポツポツと来ていたものの、それも次第に来なくなった。こちらからもメールはしていたが返信もまちまちになり、3年前久しぶりにメールをすると既にアドレスが変わってしまっていた。仕方なくショートメッセージを送るも返信は素っ気ない一言のみ。一応それにも返信したが、もう篠宮さんからの反応はなかった。
要するに、俺は『切られた』のである。
時が経てば築いていたはずの人間関係も薄れていく。そんなことは分かっているけれど、やはり寂しいものがあった。
改めて書評を見る。篠宮さんが新たに翻訳した書籍は500ページを越える難解そうな人文書だった。読んでみたいような気もしたが、きっと頭の悪い俺にはほとんど理解できないのだろう。
これを最後まで訳すのにどれくらいの時間が必要なのか?1日に何ページほど進めるのか?ギャランティは?専業なのか?
きっと篠宮さんは今日も翻訳を進めている。色々聞いてみたいことはあるけど、残念ながらその機会はこれからも訪れないだろう。まあ、こんな風にかつての知り合いが頑張っていることを知れるだけでもいいのかもしれない。
品出しが一段落し、今週の書評掲載商品を注文しようと新聞を開くと懐かしい名前を見つけた。
『篠宮さん(仮名)、相変わらず頑張ってんだなあ…』
思わずひとりごとがこぼれる。それは20年近く前同じ店で働いていた元上司の名前だった。自分より7つほど年上で、某有名国立大学を卒業したのち書店員になったという、少々変わったキャリアの持ち主だった。一緒に働いていた期間は半年と短かったが、なぜか気に入られてよく飲みに連れていってもらったものだ。2人ともまだ若く、ひたすら恋愛話やバカ話に花を咲かせていたことをよく覚えている。
篠宮さんはしばらくして地方の店舗に異動したが、色々あったようで間もなく書店員を辞めてしまった。そこから得意だった英語を活かすために翻訳の学校に通い始めたらしい。
『俺、ゆくゆくは翻訳者になりたいと思ってるんだよね…まあ狭き門なんでどうなるかわかんないけどさ』
最後に会った時、篠宮さんはポツリとそんなことを言っていた。もう10年も前の話だ。
そこから数年で翻訳者として書籍に名前を表記されるようになり、今では書評に掲載されるようなお堅い人文書の翻訳までしているのである。具体的なことは分からないが、これは凄いことなのではないか。今回の掲載書籍に至っては誰もが知る大手版元から出版されたものであり、篠宮さんは順調に翻訳家としてのキャリアを積んでいるらしかった。
なぜ『らしい』といった書き方しか出来ないかというと、もう俺は篠宮さんと連絡を取ることがないからだ。
最後に会ったのは10年前。そこからは『○○という本の翻訳をしました』などの報告が向こうからポツポツと来ていたものの、それも次第に来なくなった。こちらからもメールはしていたが返信もまちまちになり、3年前久しぶりにメールをすると既にアドレスが変わってしまっていた。仕方なくショートメッセージを送るも返信は素っ気ない一言のみ。一応それにも返信したが、もう篠宮さんからの反応はなかった。
要するに、俺は『切られた』のである。
時が経てば築いていたはずの人間関係も薄れていく。そんなことは分かっているけれど、やはり寂しいものがあった。
改めて書評を見る。篠宮さんが新たに翻訳した書籍は500ページを越える難解そうな人文書だった。読んでみたいような気もしたが、きっと頭の悪い俺にはほとんど理解できないのだろう。
これを最後まで訳すのにどれくらいの時間が必要なのか?1日に何ページほど進めるのか?ギャランティは?専業なのか?
きっと篠宮さんは今日も翻訳を進めている。色々聞いてみたいことはあるけど、残念ながらその機会はこれからも訪れないだろう。まあ、こんな風にかつての知り合いが頑張っていることを知れるだけでもいいのかもしれない。
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